last updated 1997/06/21
第37話(全130話)
回路不良〈ショート・サーキット〉(3/5)
マリカはマスターを修理しようとして、ロボットの胸のハッチを開き、内部機関を陽射しの
もとにさらけ出させたのだった。そこにあるのは背を丸めた少年の姿ではなく、マイクロチッ
プと回路をめぐる無数のコードと、そして歯車だのバッテリーだのピストンだのだった。そう
いうものがマスターの中にぎっしりと詰まっていた。
それをマスターの視覚モニターを通して、ピートは自分で確認した。
ショックではあった。けれど何故かうろたえたり取り乱したりはしなかった。むしろ、自分
がどういう状況にあるのかがはっきりとわかって、ピートは奇妙に落ち着いてしまった。
そういうことならそれでいい。とにかくぼくがどういう状態にあるのかは理解した。それが
わかれば、あとは原因を究明し、事態解決の糸口を捜すだけだ。そのためには、コンピュータ
を完全に自分の掌握下に置き、体をきちんと動かせるようにならなければならない。どうやれ
ばそういうことができるのかはわからないけど、機械よりも心のほうが順応性があり、応用も
効くのは確かだろう。
ピートは冷静に、機械に話しかける。
ぼくはピート。少しだけきみの力を借りたいんだ。ぼくは悪霊みたいにきみに取り憑いてし
まってるけど、でも悪さをしようとしてるんじゃない。これはきっと事故なんだ。だから原因
がわかって、抜け出す方法をみつけたら、すぐにきみを解放してあげるよ。ね? だからほん
の少しだけ、きみの力をぼくに貸してくれない? きみの手足を、そして目や耳をぼくに貸し
て欲しいんだよ。お願いだよマスター。きみにしか協力を頼めないんだ。きみだけがぼくを助
けられるんだよ。
ピートの「想い」をマスターのコンピュータは必死になって分析し、検討していた。そして
しばらくガチャガチャと計器を動かしていたかと思うと、いきなりコンピュータはピートに全
権を委ねた。ピートを縛っていた戒めが急に解かれる。ピートはマスターの手足を思うままに
動かせるようになった。それこそ本当の自分の手足のように。
きっと、それは機械に内蔵されていた「自己保存プログラム」が作動した結果なのだろう。
いまここでピートの意識と主導権争いをしても、機能は回復させられない。それどころか機
能不全はさらにひどくなり、コンピュータそのものがショートしてしまうことだって考えられ
る。そうなるよりは、ここはいったん退いて、このピートとかいうトンチキが自分から出て行
ってくれるのを待ったほうがいい。ピートも出て行くことを望んでいるのだから、それに協力
することが自分の機能を完全に回復させるいちばんの早道だろう。
コンピュータは感情のまったくないデジタルな思考の中でそう結論したのだった。自分の我
を通すことで問題を混乱させるなら、自我そのものを相手に委ねてしまうほうがいい。すぐさ
ま、まさに電光石火の早業でそういうことを結論してしまえるのが、いかにもコンピュータら
しい。徒らに自分への愛着を持たないことで、自分を救う道を選べる。機械だから出来ること
で、感情に流されてしまう人間にはそんな芸当はできない。人間が最後まで死守しようとする
最大の宝が、その「自我」というものなんだから。
冷徹に状況を分析し、最善の処置を施し、その結果、自分を一時消滅させたマスターのおか
げで、ピートはロボットの体を自分のものとして手に入れた。ピートだった時に比べて三○○
倍の視力を持ち(しかも暗視スコープ付きだ)、三万倍の聴力を持ち、太陽の光を一日に数時
間浴びていれば、それだけで百時間は動き回ることのできる太陽電池を搭載した(つまり、何
も食べる必要はないし、喉だって乾かない)、そんなロボットとして、ピートはもう一度この
大地を二本の足で踏み締めた。
こういうちょっとやそっとのことじゃヘコたれないロボットの体と機能を持つこと以上に、
幸運なことはあるだろうか? これからどんな長い旅を経て元の世界へと戻る手掛を得ること
になるかわからないんだ。だとしたら人間を越えた視力や聴力が、ぼくの最大の武器になって
くれるだろう。
ピートはそう思った。
不意にスックと立ち上がり、ぐるりと両腕を回し、その場でピョンピョンと飛び跳ねて体の
感触を確かめはじめるマスターを、マリカはポカンとなってみつめてしまう。そして、恐る恐
るという感じで尋ねた。
「マスター、直ったの?」
「はい! 元気いっぱい、気力充実。すっかり直りました!」
ピートは嬉しそうに言った。喋った言葉がちゃんと外部スピーカーを通って空気を震わせる
ことができるのは、とても気持ちいいことだとはじめて気がついた。
「何か変な感じだなあ」
マリカは眉をひそめる。気のせいに違いないのだけど、マスターがニコニコしているように
感じられるのだ。そんなことがあるはずはなかった。この機械には表情などないのだから。い
ままでマスターが嬉しそうだ、とか悲しそうだとか、そういう感情を感じたことは一度として
なかった。なのに、いまは違う。マスターは明らかに嬉しそうだ。体内からその喜びが周囲に
発散されている。機械の持つオーラとは別の光がマスターの体内から迸っている。マリカはそ
れを何となく感じ取った。
(つづく)
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